07】産後: ₁₁)帝王切開創のケロイド予防の取組み

帝王切開創のケロイド予防の取組み Prevention of keloid after cesarean section

前書き:
手術の創が細い線の様になって、ほとんど目立たなくなる方と、創が盛り上がって来て肥厚性瘢痕となり、更に盛り上がってケロイドになる方がいます。
最近は、帝王切開率が次第に上昇し、分娩全体の22%が帝王切開になっています。
手術の創がかなり気になる方(28%)、多少気になる方(47%)がいます。美容上、創が目立たないようにして欲しいという方が多いです。
   図:ニチバンpt より

ケロイドになり易い体質
創がケロイドになるか、ならないかは、体質によるところが大きいです。患者様がケロイドになるかならないかは、手術してみないとわかりません。
創がケロイドになり始めるのは、手術後2∼3ヶ月頃からです。ケロイドができ始めたら、「ご自分はケロイド体質だ」と気づいて進行させない様に早めに受診して下さい。


肥厚性瘢痕・ケロイドができやすい要因 

(正確には、創が赤くなって少し盛り上がり始めたのが肥厚性瘢痕で、肥厚性瘢痕がさらに悪化して盛り上がりが非常に目立つものをケロイドと言います。ここでは解り易くするために全てケロイドと表記します。)

ケロイド体質の家系
人種:黒色系➜有色系➜白色系の順でケロイドになり易いです。
手術創の部位:ケロイドになり易い部位は、常に皮膚に張力がかかる部位です。前胸部、上腕部、肩甲部、下腹部(下腹部でも特に恥骨直上ができやすい)
手術創の方向:皮膚に普段かかる張力(引っ張られる力)方向の創はケロイドになり易いです。下腹部の場合は上下方向に張力が加わるので、縦方向(縦切開)の創はケロイドになり易いです。張力に対して直角方向(横切開)の創はケロイドになりにくいです。

手術創に、術後早期から張力が加わり続けるとケロイドになり易くなります。:表皮の創は術後数日で癒合しますが、少し深い真皮の創は完全に元の強さで癒合回復するのに 3ヶ月(真皮)~1年(筋膜)かかります。真皮が完全に癒合する前から早期に運動すると張力が加わってケロイドになり易くなります。
❻糖尿病のある方
高血圧のある方

 

前回の帝王切開のケロイド切除
 図:【ケロイド,肥厚性瘢痕の予防と治療】小川,’19 より  
前回帝王切開した方は、次の分娩も帝王切開になります。次の帝王切開の時には前回と同じ部位を切ります。前回の創がケロイドになっている場合はそのケロイドも切除します。
古いケロイドが切除され創は手術直後はきれいになりますが、ケロイドになり易い体質の方は再びケロイドができます。その為ケロイド体質の方は特に手術直後から、ケロイド予防ケアを行います。

 

予防、対策(創ケア)
手術の創の一番表面の表皮は術後数日で癒合します。その為表皮の創を糸で縫合した場合は術後数日に抜糸します。表皮の創は術後数日できれいに癒合しますが、
少し深いところにある真皮は3ヶ月で術前の強度の80%に癒合回復、・・・・・・【ケロイド,肥厚性瘢痕,診断,治療指針’18】p38
更に深いところにある筋膜(腹直筋を包んでいる筋膜)は1年で術前の強度の75%に癒合回復、と回復に長期間かかります。・・・・・・エチコン縫合糸資料
要するに術前の強さまで完全に癒合するのに数カ月以上1年近くかかります。

真皮や筋膜は強い組織で、創が離開しない様に左右から創をしっかり引き寄せ支えています。
真皮や筋膜が完全な強さで癒合回復するまでの6か月以上から1年近く、固定用テープを貼ります。ケロイド体質が強い方は2年位まで貼ります。

 

Ⓐテープ固定:創部に上下方向の力が加わらない様に、創の上から貼る。

図:ニチバン、日本医大 形成外科主任教授 小川令

前胸部、下腹部の創はケロイドになり易いです。
前胸部では左右方向に、下腹部では上下方向に常に張力がかかります。
(引っ張られる方向の創、前胸部では横の創、下腹部では縦の創がケロイドになり易いです)

 

 

図:日本創傷外科学会、ランチョンセミナー、’16、日本医大 形成外科主任教授 小川令

 

創に常に張力がかかると、創(特に真皮)に慢性の炎症を起こり次第にケロイドができます。
下腹部では上下方向に皮膚が引っ張られます。創が上下に引っ張られない様に傷の上から固定用テープ(ニチバンのアトファイン等)を貼ります。
縦切開の創でも横切開の創でも、上下方向に引っ張られない様に、上下方向に貼ります。
(ケロイドができやすい方は抜糸直後から貼ります)
貼る時は、立った姿勢で貼ります。テープは引っ張らずに貼ります。

固定用テープを貼ったまま入浴できます。
固定用テープは5~7日に1回を目安に張り替えます。「剥がれるまで貼って剥がれてきたら張り替える」、でも大丈夫です。費用はそれほど掛かりません。
1年以上予防できるとその後はケロイド発生は非常に少なくなります。ケロイドに非常になり易い方は1~2年間貼ります。


※固定用テープ
:  商品名アトファイン(ニチバン)は、縦方向にも横方向にも伸びないので、張力がかかる方向を気にせずに貼れます。

 

Ⓑ術後早期からの強い運動は控える
少なくとも3~6ヵ月は創に強い張力が加わるような運動は控えてください。創に強い張力が真皮に加わり続けると、真皮に慢性の炎症が続きケロイドができます。


Ⓒ副腎皮質ホルモン含有テープ

ケロイドができる方は、術後2∼3ヶ月からでき始めますが、でき始めたら早めに副腎皮質ホルモン含有テープを張り始めます。
ケロイドの始めでは、初めは細い線状だった創の幅が、少しずつ広がり赤みを帯びて光沢が出てきます。

ケロイドができ始めると月単位で大きくなり目立ってくるので、副腎皮質ホルモン含有テープを毎日貼ります。

副腎皮質ホルモン含有ホルモンには、エクラプラスターとドレニゾンテープの2種類があります。エクラプラスターには強い副腎皮質ホルモンを、ドレニゾンテープは弱い副腎皮質ホルモンを含んでいます。
成人にはエクラプラスターを使用します。1枚のエクラプラスターを6~8等分にして短冊形に又テープの様に細長くします。
それをできるだけ創の上にだけに貼ります。なるべく正常の皮膚にはかからないようにします。12~24時間毎に貼替えます。

エクラプラスターを1年以上長期に貼る覚悟でお願いします。保険で処方できるので費用は掛かりません。1年たってケロイドができなければほぼ大丈夫です。ケロイド体質の強い方は2年近く貼ることもあります。
エクラプラスター(強い副腎皮質ホルモン含有)でケロイドが防げていたら、弱いドレニゾンテープに切り替えて貼ることもあります。
前回帝王切開後にケロイドができた方は、再びケロイドになるので産後1か月頃からエクラプラスターを貼り始めます。

 

ケロイドができやすい部位
 図:ニチバン、日本医大 形成外科主任教授 小川令

 

 

手術部位(切開する方向、縦切開か、横切開か)


●手術し易い、赤ちゃんの娩出が容易、▲傷が目立つ部位です、▲ケロイドになり易い部位です。(個人差があるのでケロイドに殆どならない方もいます)。

 

   
▲手術がやや難しい、●傷が目立たない部位です、(下着に隠れる部位)(創が皮膚のしわに隠れやすい、ケロイドになりにくい部位です)。

 

 

下腹部を切開する方向には、縦切開と横切開があります。

縦切開
では腹腔内が良く見えて、手術操作がしやすく児を娩出しやすくなります。医師としては手術がやり易いです。
しかし傷は臍から縦の創なので、位置的に目立ちやすいです。また傷がケロイドになりやすく目立つ事が多くなります。

横切開では、恥毛のすぐ上をお腹のしわに合わせて横に切ります。縦切開に比べてやややり難い面がありますが慣れた医師なら殆ど縦切開と同様に児を娩出させます。
横切開の場合は、創はPantyに隠れる位置なので目立ちにくい位置であり、又お腹のしわに隠れて見えにくくなります。
横切開ではほとんどの方が創がケロイドになりません。

ブラジル人は肥満妊婦が多く、帝王切開率も高いです。肥満妊婦が縦切開すると皮下脂肪が厚いので創跡が引きつれて大きく凹んで目立ち易くなります。その為横切開を希望する方が多いです。

 

手術中の工夫
Ⓐ縫合法

  図:日本創傷外科学会、ランチョンセミナー、’16、日本医大 形成外科主任教授 小川令

 

腹壁を閉じる時は、深いところから順に縫合します。ケロイド形成に関係するのは❶~❹です。
閉腹する時は、一番深い❶筋膜から順に縫合します。

❶筋膜(腹直筋を包んでいる強い筋膜)を、溶けにくい縫合糸(溶けるまで数カ月かかる吸収糸,PDSⅡ)を使います。通常の縫合糸は4週間位で溶けてなくなります。
❷皮下脂肪縫合、この時皮下脂肪内に含まれている浅筋膜も気を付けて含めて縫合します。
❸真皮(真皮は皮膚の深い部分です)を、溶けにくい縫合糸(溶けるまで数カ月かかる吸収糸,PDSⅡ)を使います。通常の縫合糸は4週間位で溶けてなくなります。
図:エチコン資料より
縫合糸を真皮の最下層に引っ掛けて縫合する。
❹表皮縫合、表皮は縫合せずにテープで寄せるだけの場合もあります。ホチキスの針痕がケロイドになることがあるので、できればホチキス(鉤)を使わずに済ませます。

真皮に常に張力、引っ張られる力が加わっていると真皮に慢性の炎症が起こりケロイドができます。真皮に張力が加わらない様に、腹膜、浅筋膜、真皮の最下層をしっかり寄せて縫合します。

 

(縫合法①)★★縫合糸を真皮の最下層に引っ掛けて縫合する
図:【帝切バイブル】’18 より

 

(縫合法②)★★縫合糸を真皮の最下層に引っ掛けて縫合する
皮下が薄い場合、皮下縫合法
・・・・・筋膜、真皮最下層は、PDSⅡ縫合糸で縫合
・・・・・浅筋膜を含んで脂肪層縫合
・・・・・真皮の最下層を引っ掛ける様に縫合

  図:産婦人科手術、山田潔,’08  より
   

 

皮下が厚い場合、皮下縫合法
・・・・・筋膜、真皮最下層は、PDSⅡ縫合糸で縫合
・・・・・浅筋膜を含んで脂肪層縫合
・・・・・脂肪層縫合とは別に、真皮の最下層を引っ掛ける様に真皮縫合

 図:産婦人科手術、山田潔,’08


Ⓑ溶けにくい縫合糸を使用
(溶けてなくなるまで数カ月かかる吸収糸、最終的には溶けて無くなります)
通常手術に使われる縫合糸は4週間位で溶けてなくなりまが、ケロイド予防の為に筋膜縫合や真皮縫合の際には、数か月間溶けない溶けにくい縫合糸(PDSⅡ)を使います。
筋膜の創が手術前の強さに迄癒合回復するのには3ヶ月~1年近くかかります。真皮の創が手術前の強さに癒合回復には3ヶ月以上、筋膜ででは1年以上かかります。その為その間はまだ溶けない縫合糸を使います。


再発予防の縫合法

Z字縫合法
図:【ケロイド、肥厚性瘢痕、診断治療指針】より 

:【ケロイド,肥厚性瘢痕の予防と治療】小川,’19.3  p103

 

図【ケロイド,瘢痕性肥厚の予防と治療】小川,’19.3 p56

 

横切開では、創がケロイドになる方は稀ですが、縦切開ではケロイドになる方が多くなります。前回の帝王切開の創がケロイドになっている方は次の帝王切開でも再びケロイドになります。
次の帝王切開の時には前回手術でできたケロイドを切除しして縫合するので、手術直後はケロイドは無くなりきれいな創となります。しかし2∼3ヶ月後には前回と同様に再びケロイドができ始めます。

ケロイド再発を防ぐ為に、上記写真の様に、前回の縦切開の創の中間から下方に小さなZ字縫合を1~2カ所入れます(皮弁を作る)。
それによりケロイドができにくくなります。薄くZ字縫合の創跡が残りますがケロイドはできにくくなります。。

再発予防の為の放射線照射
ケロイド、肥厚性瘢痕の専門医(形成外科医)は、ケロイド切除後、再発予防の為に創部に弱い放射線を照射します。それによりケロイドの再発率が10%以下になります。


完成してしまったケロイドの治療

Ⓐリザベン内服
1日3回で6か月から1年間服用します。リザベンは元々花粉症の薬ですが、服用により大きく盛り上がったケロイドが軟化し小さめになります。

Ⓑ柴苓湯(漢方薬)
ケロイド予防、治療の為に、数か月服用します

Ⓒケナコルト注射をケロイドにする。
図:【ケロイド、肥厚性瘢痕、診断治療指針】より 
ケロイドの辺縁に注射針を刺して、ケロイドの最下層を狙って注射します。月に1~2回で数ヶ月します。ケロイドが小さめになります。

Ⓓケロイド、肥厚性瘢痕の専門医では

麻酔をかけて、まずケロイドの切除をします。その後筋膜(腹直筋直上)迄切開します。その後、筋膜縫合➜浅筋膜縫合を含む脂肪縫合➜真皮の最下層縫合を行います。縫合後は再発予防の為に、創部へ放射線照射を行います。

傷がケロイドになる体質か否かは、手術してみないとわかりません。ケロイド、肥厚性瘢痕になる方は、手術後2∼3ヶ月でなり初めるので、なり始めたら早めに来院して下さい。
前回の帝王切開でケロイドができた方は、特に手術直後から早期に処置を開始します。

 

文献:【ケロイド、肥厚性瘢痕、診断治療指針】、【ケロイド,瘢痕性肥厚の予防と治療】、【帝王切開バイブル】、 アトファイン(ニチバン)、 Ethicon縫合糸資料、 エクラプラスター添付文書、 【産婦人科医会報】、 日本創傷外科学会、ランチョンセミナー、’16,日本医大 形成外科主任教授 小川令

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